スーツの男A

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俺「何って…どうしよう、どうしようって…」
舞「ホームまで行かないと終電が無いことが分からなくて…そこまで行って無いことに気付いて、立ち尽くしているってこと?」
俺「…」

そう言われると、変か。
終電が無くなるような時間だ。そんな時間なら、ホームまで行かなくても終電の有無くらい分かるだろう。
それに、無くて困ったなら他に帰る手段を探すはずであって、ホームに立ち尽くしているのは何だかおかしい。

俺「じゃあ…どこか、その辺…駅の周辺とか?でも、分からないよな」
舞「そうね」
俺「そうね、って…」

それを聞いてきたんじゃないのか?
舞「私が言いたいのは、具体的な場所じゃなくて…どんな場所か、ってこと」
俺「??」
むう…何のことかサッパリだ。

舞「Aさんは、電車に乗って帰りたいのよ。つまり、家からは遠い場所」
俺「あぁ…そういうことか」
舞「もっと言うと、近くに知人も居ない。タクシーも捕まえられない」
俺「…そんなとこで、何していたんだろ?」
舞「さぁ。書いてないから、分からないわね」
俺「そっか…」

舞「正確に言うと、分からないから書いてないのよ」
俺「ほぇ…?」

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何を言っているんだ?

…と思ったが、そうか。
さっき思い付いた人物なら、そういうことになる。

舞「そういった場所で、Aさんがどうしよう、どうしようと言っていると、目の前にスーツの男が現れる」
俺「うん」
舞「このとき…スーツの男の方が、先にAさんに気が付いているわね」
俺「そうだな」
舞「で、目が合って…男は驚きの表情をする」
渡した紙を見ながら、話の順を追っていく姉貴。

舞「目の前に立っていたのに、目が合っていなかったってことは…Aさんは俯いていたのでしょうね」
俺「そう…だろうな」
どうしよう、どうしようと言って、頭を抱えていたのかも知れない。

舞「スーツの男が驚いたのは、目が合ってからだから…それまでは、彼はAさんのことをハッキリと"Aさん"だとは認識していなかった」
俺「うん」
舞「つまりスーツの男は、悩んでいる男を見掛けて、もしや?と思い、近付いて…そこでAさんだと分かった、ということね」
俺「そうなるな」

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舞「そこで、スーツの男が「お前さん、この前の…」と言う」
俺「そう。これの意味が謎で…」
舞「謎でも何でもないでしょ。そのままの意味よ」
俺「あ…そう?」

舞「台詞からして、スーツの男はAさんのことを知っていた。…名前は知らない程度で」
繰り返し「お前さん」って言っているということは、Aさんの名前は知らない…
ということだろう。まぁ、納得できる。

舞「Aさんは一体何の事だか、そもそもスーツの男が誰なのか、すぐには分からない」
俺「ここで10秒間も考えているからな」
舞「でも、何故かただならぬ危機感を感じていた…これは、何故かしら」
俺「何故って…」
…何でだろ。

俺「スーツの男に、何となく見覚えがあったから、とか…?」
舞「それもあるでしょうね」
それも、か。他には…?

舞「Aさんにとってスーツの男は、正体が分かったら逃げたくなるような相手よ」
俺「だな」
舞「じゃあ逆に、スーツの男にとってAさんは?」
俺「…あ」

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スーツの男は、Aさんを殺している。
つまり…スーツの男にとってAさんは、殺してしまいたいと思っている相手だ。

俺「穏やかに、ニコニコしながら向き合っていた訳じゃない、ってことか」
舞「でしょうね」
スーツの男はAさんを、殺意を持った目で見つめていた…睨んでいたはずだ。

俺「…そりゃ、危機感も感じるだろうなぁ」
深夜遅く困り果てているところで、真正面から謎の男に、殺意を持った目で睨まれる…
そんな状況で、何も感じない人間なんて居ないだろう。
例え相手に殺意がなくても、不気味に思うだろうな。

舞「そして再びスーツの男が口を開いたとき、Aさんはやっと気付く」
俺「うん」
舞「Aさんは、すぐにその場を逃げ出す…そして、もう大丈夫だと思って振り向くと、そこにスーツの男は居ない」
俺「あぁ」
舞「でも…ここが重要かもね。Aさんはもう一度呟く。あぁ、どうしよう、と」
俺「重要?…あ、そうか――」

呟いたんだ。
振り向いて誰も居ない…つまり、逃げ切ったと思ったAさんは、そこで呟いた。
そう書いてあるんだ。

これが、その後の「殺されたのは"言うまでもない"」という文に繋がる。

なぜなら…Aさんは、逃げ切れていなかったからだ。

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舞「分かったみたいね」
俺「あぁ。まだ、ちょっと整理付いてないけど…」

これを書いたのは誰か?

…あくまでも、1つの可能性としてだが、姉貴が最初に言ってくれたヒントっぽい言葉から考えた人物。
それは――

俺「スーツの男だろ?これは、彼がAさんの事を書いたものだ」

まだ全て理解できていないが、それで辻褄が合う。
物語の"俺"が、書き手でなければならないなんて決まりは無い。
実際に起きた話でも、それを文章にする際、書き手が当事者に成り代わることは、よくあることだ。

舞「そう。そう考えると…面白いわよね」

面白い、か。
確かに面白いし…これで説明が付く。

スーツの男は、Aさんが終電過ぎまで何をしていたかなんて、知らない。
だから書けないし、書いていない。
スーツの男が会ったのは、Aさんが呟いているところからだ。
どうしよう、どうしよう、と。

その時、スーツの男はAさんが誰だか分かっていなかったけれど…
これを書いている時点では、既に分かっている。
殺してしまいたいと思っている相手に、偶然再会して驚くスーツの男。
Aさんはすぐには気付かなかったが、やがてスーツの男が誰であるかに気付く。

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スーツの男が何者であるかに気付き、Aさんは逃げ出す。

…が、逃げ切れない。
何故逃げ切れなかったことが分かるのか?というと…Aさんの呟きだ。

逃げ切ったと思ったAさんが呟いたことを、スーツの男は聞いているのだ。
聞いたから、その台詞を書けたのだ。
そして逃げ切れていないからこそ、"言うまでもなく"Aさんは殺されてしまう。
数日後に。

…あれ?数日後?

俺「…何で数日後なんだ?」

そうだ。
何だか、最後の文章がおかしい。
この文章で、突然時間が飛んでいる。

俺「これは…何で?」
姉貴に質問をする。
…すると姉貴は、少し逡巡してから答えてくれた。

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舞「最後の「殺されたのは言うまでもない」って、Aさんからすると"殺されて当然"という意味よね」
俺「そう…だな」
舞「じゃあ、スーツの男からすると?」
俺「ん…?スーツの男からすると、その逆だから…"殺して当然"、か」
舞「そうね」
おぉ、正解した。
殺して当然なんて、最低な言葉だが。

舞「彼はAさんを、当たり前のように殺した。許すなんてことは絶対にせず、そんなことは考えもしない」
俺「…」
酷いことを、サラッと言う。

舞「深い憎しみと、強烈な殺意ね」
俺「だな…」
嫌な感情だ。
そう思った俺に、姉貴は更に言う。

舞「そんな憎い相手を捕まえた、スーツの男。彼は、Aさんをすぐには殺さないで、一体何をしていたのかしらね」

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ズン、と心の中に、何か重いものが落ちてきた感じがする。
頭の中に、残酷な描写が浮かぶ…

俺「…そこまでする理由って、何だろうな」
スーツの男は、何でAさんを殺したのか?それについてはどこにも書いてないが…

舞「Aさんは、逃げたときに…何で交番に行かなかったのかしらね」
俺「…近くになかった、とかじゃ?」
舞「捕まったら、確実に殺される相手から逃げているのよ?普通なら、何としてでも保護を求めない?」
俺「ふむ…」
まぁ、そうか。
殺されそうなんです、と、誰かに…警察に助けを求めるのが普通か。
それでスーツの男が警察に捕まれば、自分の身の安全は保てる。
逆にそうしないと、これから先も、永遠に追われることになるのだ。

…でも、それをしなかった理由。
考えられるのは――

俺「Aさんにも、後ろめたい気持ちがあった…とか?」
舞「そんなとこでしょうね」

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舞「Aさんは、過去に何かしていて…それが原因で、スーツの男に恨まれている。それは、誰にも言えないような秘密」
淡々と言う姉貴。
舞「それはきっと、内容を書くと、スーツの男にとって不都合な話…彼が特定されてしまうような話かもね」

確かに、それなら書けない…か。
でもそうすると、矛盾が生じないか?

俺「じゃあ、何でわざわざこんな事を書いたのかな」
渡る必要の無い危ない橋を、わざわざ渡っている。
その理由が分からない。

舞「それは、書いてないから想像するしかないわね。ただの自己顕示欲かも知れないし、何か深い理由、目的があるのかも知れない」
俺「そうか…」
舞「ただ、あまり良い趣味では無いわね」
俺「…何で?」

舞「スーツの男は、自分がしたことを世界に発信したのよ。人を殺した事を、全ての人に向けて…「さて、問題です」と、面白半分にね」
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