呪いの人形

俺は呪いをかけられた事がある。
忌々しいBに遭遇するかなり前の事だ。
呪いと言っても不発に終わった(というか失敗した)のだが、Aも出てくる話なので、書いてみる。


諸々の事情により、働きながら学校に通う20歳過ぎの高校生なんてものをやっていた頃の話。
学校が夏休みになり、俺は職場、自宅、Aの家、心霊スポット、行き付けの食堂を巡る生活をしていた。
俺には霊感の強い知り合いが何人かおり、Aというのはその内の一人で、今でもよく遊ぶ友人だ。
その日、仕事を終えた俺はAの家に向かった。
Aの家は元は下宿寮だったとかいう古いアパートで、妙な怪談もある曰く付きの物件だった。(実際には何も存在しないが)
Aはベースで何かの曲を弾いていた。
確かプリティ・ウーマンだったと思う。

「お前、呪われてるぞ」

その言葉はしっかりと覚えている。
唐突にベースを弾くのを止めていきなり言われたんだ。
ニヤニヤ笑いのAに、俺はむっとして言った。

「呪われてねえよ」

俺は憑かれたりすると自分でわかる性質で、その時は特にそんな感じがしなかった。

「いいや呪われている」

Aがからかっていると思って尚更ムカついてきた。

「見えんのかよ」

「いや」

Aは携帯を開く。
待ち受けを開いて、俺に言った。

「証拠がある」

俺の名前が書いてあった。
人の形に切り抜かれた紙に、その真ん中には、釘。

「な、呪われてるだろ」

ぐうの音も出ない。
経緯はこうだ。


日課にしている散歩(というかなんというか)をしていたAは、明け方近くに近所の神社に立ち寄った。
そこは本当に神社なのかと疑問に思うような小さなところで、御神体だか何だかを収めた小さな社と、腕に抱えられるくらいの小さな賽銭箱と、古い鳥居しかないようなところだった。
もしかしたら神社じゃないのかもしれない。
その日は特に何もなかったため、Aは何かないかと普段は行かないそこに向かったらしい。
松の木に囲まれたそこに入ったAは落胆した。
何もない。
もう帰ろうかとも思ったが、近くのコンビニで買ったビールを飲むことにしたそうだ。
家で飲むよりはマシかと思って飲んでるうちに夜が明けてきた。
ビールも無くなり、さあ帰ろうかという所で『見つけた』とのこと。
その粗末な紙人形を写メに収め、映りが良いものを待ち受けにしてAは上機嫌で帰宅。
そして俺がやってきた朝に至る。


Aが写した紙人形は、正直に言って不出来だった。
人の形に切り抜かれた人形にはうっすらと青の罫線が引いてあり、大学ノートから切り抜いた物であることが分かる。
その罫線に添って、つまりノートに書くのと同じような感覚で俺の名前が書いてある。
シャーペンで書かれた弱々しい字。
ふざけた子供が呪いの人形を作ろうとして失敗したような出来だ。

「こんなので丑の刻参りが成功すると思うか?」

「しないだろうな」

人形はあまりにも簡単に作られている。
呪われたという実感はない。
憑かれたという感覚はない。
儀式は失敗している。

「で、どうする」

「付き合えよ」

だが、自分が誰かから呪われるというのは気分が悪い。
俺達は丑の刻参りの犯人を見つけることにした。


次の日の深夜、仕事を休みにして貰った俺はAと一緒にその小さな神社に向かった。
自分の目で人形を確認する。
釘は中途半端に打たれ、俺の名前が書かれたそれはぴらぴらと風に揺れる。
犯人はこんなので儀式が成功すると思ったのだろうか。
Aはその人形と自分が撮った写メを見比べ

「よし、まだ来てない」

と判断し、俺達は人形がある方向とは逆側の松林に身を潜めた。
Aが持って来ていたらしいビールを開ける。
何口か飲んだ後

「飲むか?」

と訊いてきたのでありがたく頂く。
俺達は1本のビールをちびちびと回し飲みしながら、犯人が来るのを待った。
そのうち3時になって、来た。

「あれ、ママ電話じゃないか」

現れたそいつを見てAはそう言った。
ママ電話というのはあだ名で、俺達と同じく定時制の高校に通うクラスメイトだ。
ママ電話というのは、授業が終わる度に携帯で自分の母親に電話し

「ママ、今○○の授業が終わった。もう帰りたいよ」

なんて言うことから付いたあだ名だ。
歳は大体当時の俺達と同じくらい。(20歳前後)

「いや、なんでママ電話が」

A程目が良いわけじゃない俺には判別がつかない。
ママ電話らしき人影は、辺りをくるくると見回しながら俺達の隠れている松林とは反対側の松林に消えた。

「あれは絶対ママ電話だって」

「まさか」

俺達は確かめることにした。
松林から出て、小さい社の裏を回って反対側の松林に入る。
物音を立てないように息を殺して行くと、音がしてきた。

「こんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん」

規則正しい小さな音がして来る。
気持ち悪く思いながら、俺達は進む。
そして見つけた。
ママ電話だ。
危うく、うわ、と声を挙げるところだった。
子供みたいなパジャマ姿のママ電話は、松の木にべったりと張り付いて小刻みに釘の頭を叩いていた。
俺がイメージしていた丑の刻参りとは違う。
ママ電話はがん、がん、がんと怨念を込めて釘を打つのではなく、こんこんこんこん、こここここ・・・と、力を込めずにちょっとずつ釘を打ち、ぶつぶつぶつぶつと小声で何かを喋っている。
その声が異様だ。
怨念やら怒りがこもるような声音ではない。
何かをおねだりするような、甘ったるい声音。
成人した男であるママ電話がそんな声音で

「ね?だよね?そうだよね?」

などと呟き続けている。
怖さより、気持ち悪さを感じた。
頭がイってると思った。

「何やってんだてめえ!」

その気色悪さに堪えかねたAが飛び出してママ電話に掴み掛かったが

「あああ!」

と声を挙げて暴れたママ電話に振り払われて転んだ。
ヤバいと感じて俺も飛び出した。
ママ電話は金槌を持っている。
殴られたら洒落にならない。
しかしママ電話は金槌を捨てて逃げ出した。
襲い掛かってくるものだと身構えていた俺は呆気に取られた。

「待てコラ、ボケエ!」

叫んで走り出したAにつられて俺も走り出す。
貧弱な割に足が早いAと、運動神経は悪いが体力に自信があった俺は、簡単にママ電話に追い付いた。
ママ電話は暴れたが、やがて観念したのか大人しくなった。

「何でこんなことしたんだ」

俺としてはそこが知りたかった。
恨まれるような覚えはない。
陰口を叩いた事が全くなかったとは言わないが、いじめなんかはした事がない。

「・・・」

ママ電話は言動があれだったが、知的障害の気はない。
おどおどとするが受け答え自体はしっかりしていた。
だが、そのママ電話は何も答えない。
苛ついたAが彼の胸ぐらを掴む。

「おい、何とか言えよ」

それでも何も言わない。
じ、と黙り込むその姿には、学校でのおどおどとした様子は欠片も見当たらない。
俯いたまま上目遣いで俺を睨む彼に、Aは舌を鳴らす。
俺の口からバカ、やめろ、という言葉が出る前にAはママ電話を睨み付けたが、すぐに彼のパジャマから手を離した。

「もういいや、行こう」

俺としては何でこんなことをしたのか聞きたかった。
なぜ俺が呪われなければいけないんだ、と。
それにパジャマ姿でこんこんと釘を打っていたママ電話は明らかにおかしいというか、変質者丸出しだったし、このまま放置するのは色々と躊躇われた。
けれどAは

「良いから」

と言って俺の腕を引っ張る。
釈然としない俺はその手を振り払ったが、強くAに言われ、渋々その場を離れた。
その間ママ電話は、ずっと上目遣いに俺を睨んでいた。
Aと一緒に松林を抜ける際に、後ろを振り返る。
ママ電話の姿はもう見えなかったが、俺の脳裏には俺を睨み続けるママ電話の姿が浮かんだ。
帰ってすぐに眠いと言って寝始めたAから、ママ電話を放置することに決めた理由を聞いたのはいつもの食堂だった。
話の内容に対して余りに軽い口調だった事をよく覚えてる。

「返しの風に掛かってたからな」

食事中以外は全く解らないが、あいつの口はちょっとびっくりする位に大きい。
Aは餃子をひょいひょいと口に放り込み、まとめてもぐもぐしながら俺に言った。

「呪いが失敗した時に自分に反ってくるってやつだっけ」

そうそう、と軽い口調で言ったAは餃子を飲み込み、ジョッキを空けてげふっとゲップをした。
毎度の事なので特に何も言わない。

「大丈夫なのか?」

「死んだり大怪我するほどじゃない。自業自得だろ」

しかし俺としては釈然としない。
呪われた理由を知りたかったし、俺を睨みつける表情も異様だった。

「丑の刻参りなんてしたことないから解らないが、多分自分の念が返って来たんだろ。お前に対しても何か起こるってことはないだろうし。現に、何ともないだろう」

その一言の後、食事を終えたAはゴルゴを開いた。
釈然としないまま俺も食事を終え、鬼平を開いた。


夏休みが終わった後、ママ電話が自主退学した事を担任に聞いた。
何があったかは解らない。
不発に終わったママ電話の呪いは虫刺されという形に変わり、ついつい掻いてしまう質の俺は、皮膚科を受診する羽目になった。
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