睥睨

霊感を持つ人間なら、祓ったりとまではいかなくても何らかの対抗手段を持っていることが多いと思う。
宗教やら信仰に由来するものや、呪術・魔術的な儀式めいたもの、または自分の経験によるもの。
お経や祝詞を読む、お守りを持ち歩く、人形代に吸わせる、その他。
人によって様々だ。
勿論、俺にもある。
自分でも少々変わり種だと思う対抗手段が。
だが、Aの対抗手段は俺のを鼻で笑えるくらい(事実鼻で笑われた)もっと変わり種だ。


高2の夏休み、20歳になったということで、Aが酒と煙草を始めた頃の話だ。
あいつはすぐに酒にも煙草にも慣れ、メンソってシャキーンてなるんだなあとか言ってた気がする。
当時付き合っていた彼女が煙草嫌いだったため、喫煙者でありながら自分の家の中では煙草を吸わない事にしていた俺は、何の気兼ねもなく煙草が吸えるAの家に入り浸り、買い貯めた煙草のストックもA宅に置いているような有り様だった。
その日も煙たいAの家でだらだらとしていて、どんな流れだったかは忘れたが、とにかくAの対抗手段の話になった。
もう分かってるかもしれないが、そういう存在に対するAの対抗手段は、相手を睨むことだ。

「昔さ、パラノイアだったんだよ。中学校に上がった辺りからなんかキモいのが見え始めた。妄想ってか幻覚ってか、まあ、そんな感じのが。それで不登校になったわけ」

中学校時代のAの話を聞いていた俺は、頷きながら煙草の封を開けた。
定時制の高校に通うやつには、当然普通の高校に行かない理由がある。
なんでこの高校に入ったのか?という定時制高校ではよくある身の上話として聞いていた。

「人っぽいのとか、なんか悪魔っぽいのとかゾンビとか。今思うと霊も見てたんだろうなあ、区別つかなかったけどさ。あ、妖精も見たぞ。ティンカーベルとか。つまり昔の私は妖精と戯れる無垢な少女だったわけだな」

「今は煙草食らって酒を飲む汚れ女だけどな」

「うるせえよ」

「で、どうしてそれがあの睨みになるんだ?」

「あー、先ずは聞いとけ。取り敢えず、そいつらは夢の中にも出てくるんだよ。まあ、悪夢だな。妄想、幻覚の化け物が昼夜問わずで襲って来るんだ。あの時は頭が狂いそうだった」

あ、つうか頭がおかしくなったからあんなのが見えたのか?なんて言いながら、Aはビールを飲む。
この後彼女と会う予定があった俺は羨ましく思いながらそれを眺め、煙草に火を点けた。

「それで、ある時夢の中でこう思った。夢なら何でも出来る訳だから、こいつらを消すこともできんじゃないかって。明晰夢ってやつだな。で、夢の中で必死こいて念じるんだ。死ね死ね死ねって。でも死んでくれない」

俺は夢の中で生々しい化け物に囲まれるAを想像する。
夢の中も現実も、中学生時代のAからすると大差なかったのだろう。
そう考えて俺はゾッとした。
たまに見る悪夢が現実で、こうしてだらだらしてるのが夢だと思うと、堪らない。

「毎日毎日死ね死ねって念じて呟いてるうちに、イメージもそれにくっつくようになった訳よ。
包丁刺されて死ぬとか、車に轢かれて死ぬとか思うと、その化け物が包丁で刺されて死ぬイメージが勝手に浮かぶんだ。
何回もそんなことをしてるうちにそのイメージが固まってきた。
化け物は私の妄想だろ。
それを妄想の中で殺すんだ。
そうなると本当に死に始めたんだよ、化け物が。
本当って言っても実際は私の妄想だか幻覚に過ぎないんだけどな。
そのうち夢だけじゃなく現実でもを殺せるようになってさ。
まあ、妄想は妄想から逃げられないんだろうなあ」

染々とAは語った。
俺たち現実で生きている人間は、夢の中で死んでも実際には生きている。
現実では死んでないのだから。
だが、昔のAが見ていたという化け物は妄想の存在だ。
妄想の中で殺されれば、生きてはいけないんだろう。

「そのうち、いつの間にか手当たり次第片っ端から化け物を殺すようになってさ。そしたら、だんだんと数が少なくなってきた」

「それって」

「うん。最終的には皆殺しにしたのかもしんないなあ。妄想を。でもさ、まだ変なのが見えるわけ。いかにも化け物、ってのは居なくなったけど、まだ変なのがいるわけだ。まあ・・・お前にも見えるやつだな」

妄想を皆殺しにしたら、残ったのは霊だったとAは言う。

「霊だって気付いたのはそっからすぐ。いつの間にかそっちも見えるようになってたんだな。で、やっぱりそいつらは殺せないんだ」

「それはそうだろ。霊は妄想じゃないんだから、妄想の中で生きてるのを妄想の中で殺すのとは訳が違う」

「うん。私もそう思った。だからオカルトに傾倒したわけよ。なんとかする手段はないかってな。熱中したね、あの時は。一通り勉強したあと、私がこれだと思ったのは、魔術だった」

「魔術って、悪魔呼び出したりとか?」

「いや、そういう儀式的なのじゃない。まあそんなんも出来るけど。成功したことないが。まあ、魔術って言っても初歩の技術的なやつだ。私がやったのは幻視法と呼吸法」

やっと話があの睨みに近くなってきた。
そう感じた俺は煙を吐いて煙草を揉み消した。
ぼう、っとした焦点の合わない瞳でAは話を続ける。

「幻視はイメージを視角化するってやつでな、それを使うんだよ。で、イメージを視角化するってことはつまりさ・・・」

話の途中でAはビールの缶を傾ける。
中身を全部飲みきったAは、っあー、なんて声を出した。

「まあ、あれだよ。私が睨む時はさ、相手を見ながら頭ん中で相手を殺すんだ。死ね、死ね、死ねって本気で思いながら。居なくなれ。消えろ。お前が存在してる意味はない。お前は無価値だ。死ね、死ね、死ね、死ね、死ねってさ」

一人言のように言ったAは、いつものように焦点が合わないどこかぼうっとした目で俺を見た。
淡々と語るAに怖気を覚え、俺は煙草に火を点けるふりをしてAから視線を外す。
どこを見ているか解らないような目は、けれど、確実にこちらを向いていた。
・・・Aのそれは、きっと呪いみたいなものなんだろう。
相手を睨み付け、死ね、死ねと本気で思いながら相手が死ぬ姿を丁寧に丁寧に想像していく。
丑の刻参りと同じように、相手に思念を飛ばして殺すという、呪い。

「ゆっくり、ゆっくりイメージするんだ。相手を見ながら。ゆっくりゆっくり、注意して、丁寧に、丁寧に」

淡々と話を再開したAは、まだこちらを見ていた。
俺はAを見ることができない。

「・・・なあ、ちょっと待ってくれ」

見ることができないまま、俺はAに質問しようと口を挟む。

「あの時のお前の自分霊のことか?大丈夫だよ。軽く睨んだだけだから」

俺が質問の内容を言う前にAはそう言って笑う。
けれど、俺が知りたいのはそういうことじゃなかった。
お前は俺を呪ったのか?
お前は俺の死を願ったのか?
お前の頭の中で、俺はお前に殺されたのか?
俺は、何も言えなかった。
生まれた会話の空白に気付かないふりをして、Aは声を挙げた。

「よし!お前帰れ!」

ふざけるように笑ったAに胸を撫で下ろし、俺は意識して普段通りの顔と声を作る。

「何でだよ」

「うるせえなあ。彼女に会うんだろ?風呂入って服洗って、煙草の匂い落とさなきゃなんないだろ?おら、帰れ帰れ」

俺は意識して苦笑しながら舌打ちをする。

「しょうがねえなあ。んじゃ、またな」

そうして、その場はお開きとなった。


・・・恐らくAは気付いていたんだと思う。
俺が煙草に火を点けるふりをしてAから目を逸らしたことも、俺が本当に聞きたかったことも、俺がAに怯えていたことも。
Aの睨みに関する話は、あれから数年経った今でも、話題に上ることは殆どない。
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