マンション

雨が降り頻る深夜に俺はAから呼び出された。
メールには面白い物が見れると書いてあった。
安いビニール傘を開いて、部屋から外に出る。
ざあざあと降り頻る雨に濡れたアスファルトを歩く。
暫く歩いて、目的地に着いた。
入居者が殆ど居ない古いマンション。
度々霊の目撃証言が出る、幽霊マンションだ。
深夜だからということもあるのだろう、部屋の明かりは皆一様に落とされていた。
誰も暮らしていないように思える団地の駐車場には、車は1台も停まっていない。
そんな寂れた駐車場に、人影を見つける。

「よう」

Aが居た。
家着である黒いスウェットの上に、鋲をアホみたいに打ち込んだ革ジャンという、彼女なりの『深夜にコンビニへ行く時の格好』で。

「あのアホみたいにフリルが付いた黒い傘はどうしたよ」

「ありゃ日傘だ」

俺と同じく透明なビニールの傘を差したAは、こっちだと言って歩き出した。
Aを追いながら、俺はAが言う面白い物をあれこれと考える。
ここは確かに心霊スポットではあるのだが、滅多に恐怖体験目当ての人間が入ることはない。
なにせ、数は少なくてもしっかりと人が暮らしている場所で、怖い思いをしたいなら、もっと有名な場所がある。
このマンションは、心霊スポットとしてはかなりマイナーだった。

「ここだ」

Aが足を止めたのは、錆の浮いた外灯の下。
外から各部屋の玄関が見える位置。

「ここの怪談を知ってるか」

「階段を下りてくる子供の足音だろ。まさかそれじゃないよな。それだったら前にも見た、というか聞いたぞ」

俺がまだ足もない中学生だった頃、友人達とここに来た事がある。
そこで俺は、異様な勢いで階段を駆け下りる音を聞いている。
・・・子供の足音かどうかは、解らなかったが。

「それを聞いて安心した。面白いぞ」

Aはどこを見ているかはっきりしない目で俺を見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。

「雨の日限定。おら、そろそろだ」

そう言ってAは、傘越しにどこかを指差した。
指差したのはマンションの6階。
Aが指差した先を俺は凝視する。
かり、と左耳から音がした。
見たから鳥肌が立ったのか、それとも鳥肌が立ってからそれを見たのかは解らない。
居る。
・・・女だ。
Aが指差していた場所、6階の部屋の玄関前に女が立っている。
女はぼうっと立ち続けていたが、やがてふらりと身を乗り出す。
あ、と思った。
女は6階から転落した。
ぞ、と背筋が凍える。
自殺だ。
それも、幽霊の自殺。
落ちた女は動かない。

「それで」

Aが呟く。
俺はAの横顔を見る。
Aは何も言わず、また指を差した。
促されるように視線を引き戻すと、音がする。
たんたんたんたんたんという、大急ぎで階段を駆け下りる音が。

「たんたん、たんたんたん・・・たん」

音が止んだ。
いつの間にか、落ちた女は消えていた。

「な、面白かっただろ?あの女、毎回毎回ああやって落ちるんだ」

帰り道、今まで何度かあれを見た事があるらしいAに言った。

「・・・まあ、自殺する幽霊なんて見たのは初めてだ。けど、いまいち訳が解らない」

雨は止みそうになかった。
俺達は透明なビニール傘を差し、歩き続ける。

「まんまだよ。子供の足音。落ちた母親に驚き、階段を駆け下りる子供」

「・・・何となく想像はついてた。でもよ、何で姿が見えないんだ」

そこが解らなかった。
俺に見えないならまだしも、Aにも子供の姿が見えないらしい。
Aは暫くの間黙っていた。
ざあざあと降り頻る雨の音が続き、ようやくAは口を開く。

「あれは多分、あの母親が聞いた音だ。落ちてから意識が切れ、死ぬまでの間に聞いた最後の音。我が子が自分を案じて階段を駆け下りる音・・・あの女は、それが聞きたくて何度も自殺してるのかもな」

「・・・成程」

やけにしんみりとしたAの口調に、俺は妙に納得してしまった。
そんなことがあるのかという疑問は、そんなこともあるのだろうという諦めに似た納得に変わる。

「或いは」

唐突に立ち止まったAが言う。
そのまま数歩進んでしまった俺は、Aを振り返った。

「あの女の願いなのかもな。死ぬ瞬間くらいは、我が子に自分の身を案じて欲しい。自分の子に、側に来て欲しい。実際には来なかった自分の子を、実際には孤独だった自分の死を、ああやって補完しているのかもしれない」

どっちだろうなあ。
Aは呟き、それきり、別れるまで口を開かなくなった。
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