写真T

ジムの終わり、見てもらいたいものがあるんですと言ってBが取り出したのは写真だった。
Bは大学の友人グループで心霊スポットに行った時に起きた、ちょっとした霊障を解決して以来、霊感持ちだということが噂になり、時折相談を持ち掛けられるようになったそうだ。
写真の鑑定もその1つで、判断に悩むとこうして俺に写真を見せてくることが度々あった。

「最近の写真だそうです」

そう言ってBが見せたのは、大学生らしい青年がサッカーをやっている写真だった。
写真から受けたイメージは、『べったりと張り付く』。
被写体となった青年は、今正にボールを蹴ろうとしているような姿勢をとっている。
恐らくは写真に写っていないゴールに向け、シュートを打とうとする瞬間なのだろう。
シュートは決まったのか?外れたのか?と考えさせるような写真で、写真の良し悪しが分からない俺にも、よく撮れてんなあと思わせるようなものだった。

「そうですね、けれど惜しむらくは・・・」

「うん」

その時、俺とBの視線は恐らく同じところを見ていた。

「欠けていること」

写真の中の青年には、左足が無かった。
左耳から、かり、という音がした気がする。
Bの話を総合する。
写真はサッカー部だかサッカーサークルだかに入っている男、つまりは被写体になっている男から受け取ったものだ。
よく遊ぶグループではないが、以前からよく声を掛けられていたため、内心またかと思いつつも、つい鑑定を引き受けたらしい。
こういった体の一部が透明になった写真は、なんらかの予兆であることが多いのだが、今回の写真はどうもそういったものではないような気がしたために、こうして俺に相談してきたとのこと。
加えて、Bが写真を見せられた時に聞いた話が面白い。

「この写真、最初は普通だったそうです」

今にもボールを蹴ろうとする後ろに振り上げた足と、そして軸足とが最初はしっかりと写っていたそうだ。
それが今は無い。

「どうしてか分かります?」

「いや、駄目だ。ただ、何かあることだけは分かる。本人に何か変わったことはない?左足が何かおかしいとか」

「・・・左足に何かがついている気はしましたが」

Bは悩むように顔を俯けた。
しかし、感じたものが頭の中で纏まらないのだろう。
その様子を見て俺は言った。

「会ってみるか」

好奇心が刺激されるのだ。
怖いもの知らずとか、怖いもの見たさとかではない。
単純に、知りたいと思ってしまう。
怖い目には出来るだけ遭いたくないとか、とり憑かれたくないとか、それとは別の次元で知りたい経験したいと思ってしまう。

「そうなると・・・明日は暇ですか?」

Bは携帯を取り出し、メールを打ちながら言った。

「夜までは暇だな」

こうして、被写体の彼に実際に会う事が決定した。


翌日夕方、俺はBと一緒に被写体の彼の家に行くことになった。
被写体の彼は独り暮らしで、大学近くの小さなアパートの一室が彼の部屋だった。
呼び鈴を押すと、彼はすぐに出て来た。

「・・・こんちわっす・・・この人が?」

軽く挨拶をして、彼はBに尋ねた。
何だか無愛想だなと思ったが、霊感があるという他人なんて胡散臭いものだよなあと考え、気にしないことにした。
Bの紹介なんだから、と思わなくもなかった。

「そう。入っても大丈夫?」

「じゃ、スイマセン。今日は宜しくお願いします」

小さく頭を下げられたので、いやいやと言って俺も軽く頭を下げた。
その時、今まで何回か見たことがあるものが彼の左足に見えた。
夜に働いている時に何度か見た事があるもの。
一瞬、困惑した。
それは本来彼に憑くはずのものではなかったから。
けれど、それが彼に憑いている事こそが、そのまま今回の核心を物語っていた。
ああ、そういうことか、と。
それを理解して、俺は胸が悪くなった。
部屋に入り、取り敢えず全員座ったところで、彼はおずおずとこちらを見た。

「それで、何か見えます?」

単刀直入に言うことに決めていた。
部屋に入って5分も経たないうちに、俺はもう帰りたくなっていた。

「死霊」

え、と被写体の彼が言うと同時に、Bもはっとして俺を見る。

「形は」

「赤ん坊だな」

『それ』は今、座った彼の横に居た。
俺はBに教えるようにそれを指差し、Bはそちらに目を向ける。
ややあってBの綺麗な眉が吊り上がる。
その反応から、彼女も俺と同じものを見て、同じことに思い至ったことが知れた。

「え、なんすか、なんすか!」

Bの反応を見て、被写体の彼も怖くなったのだろう。
声を荒げる彼を見て、俺は白々しいと思った。

「何かって水子だよ。君さあ、子供堕ろさせただろ」

何度か見たことがある。
仕事で水商売の人と接した時などにたまに見るそれが、彼の左足に憑いている。
被写体の彼は泡を食ったようにいや、と小さく呟く。

「病院でまっとうな方法で堕ろさせたのか、それともまともじゃない方法で堕ろさせたかは知らないけどさあ」

言いながら、十中八九後者だろうと俺は思っていた。
Bは後者には思い至らなかったようで、驚いたように俺を見た後、更に険を増した表情で被写体の彼を見る。

「母親はこの写真を撮った人だな?」

被写体の彼は怯えたように頷いた。

「その人、今どうしてる?」

彼は言い訳じみた言葉をもごもごと言ったあと、小さく知りませんと答えた。
舌打ちをする。

「水子供養。それとその人に謝り倒せ。じゃないとヤバい」

下手をしたら『その人』はもう死んでいるかもと考えたが、次の瞬間にはそれはないと思い直した。
『その人』が死んでいたら、この程度で済む訳がない。
俺の言葉に被写体の彼はいや、でも・・・などと泣きそうな顔で言うだけだった。

「じゃあ知らねえよ」

吐き捨てて俺はBを促し立ち上がった。
もうこの場に居たくない。
彼の左足に憑いている崩れたそれを、視界に入れたくない。

「無理です、勘弁して下さい」

被写体の彼が泣きそうな顔で言った。

「だから」

「無理ですよ!何とかして下さいよ!」

俺が物を言う前にBがキレた。
殴りかかったと一瞬勘違いする程の剣幕で被写体の彼の胸ぐらを掴み上げ、無理矢理立ち上がらせる。

「ガキかお前は!自分でやった事だろうが!」

耳が痛くなるくらいの大渇。
Bは突き放すように被写体の彼の胸ぐらから手を外すと大股で部屋を出ていく。
被写体の彼は大声を挙げて泣き始める。
俺は何かを言おうとしたが

「なんで俺が」

という嗚咽混じりの言葉を聞いて、諦めた。
彼に言う言葉は、何もない。
もう立ち去ろうと踵を返した俺は、部屋を出る前にもう一度だけそれに目を遣る。
左耳から、かりかり、と二度音がした。


数日後のジム上がりにBが小さな声であの事に触れた。
触れたと言っても、一言だけだが。
それまでは俺達の間で、あの事に関する話は全く出なかった。

「すいませんでした」

あの話について、Bが言った言葉はこれが最後だった。

「気にすんな」

俺はそう言って、コーラを飲んだ。
ビールが飲みたいな、と思った。
被写体の彼がどうなったかは、あれから数年経った今でも知らない。
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