写真U

Bの持って来た写真の被写体の家を30分も経たずに辞した俺は、どうにも腹が減っていた。
崩れた水子を見た後でまともに物が食べられるかは疑問だったが、しかし空腹には耐え難い。
されど夜からは彼女と食事する予定がある。
はてさて食うや食わざるや。
悩みながら歩いているうち、いつもの行き付けの食堂の前まで来た。

『巡り合わせかねえ』

そう思った。
被写体の彼宅からの帰り道にここがある。
運命の女神が飯を食えと言っているのだろうか。
そんな風に俺が悩んでいると、後ろから声を掛けられた。

「お、今からメシ?」

振り向けば、黒い口紅に黒いネイルに黒い日傘に黒いゴスパン服という正気の沙汰とは思えない格好の女がいた。
日傘を持っていない方の手には珍しくバッグを持っていたが、目付き鋭いその顔は言わずもがな、友人Aに他ならない。

「奇遇だなあ。私も飯だよ」

「飯ってか餃子だろ」

「まな。んじゃとっとと入るか」

こうして俺はなし崩し的に食堂に入ることとなった。
俺はこれも巡り合わせなのだろうと考え、次いで今日はミニカツ丼と半ラーメンにすることに決めた。
ミニカツ丼と半ラーメンは腹の虫を宥める事に成功した。
俺は満足の嘆息を吐くと共に、あんな物を見た後でも人は飯を食えるのだなと人の業について考えた。
一方のAは、開くとちょっとびっくりする位に大きい口にひょいひょいと餃子を放り込んでもぐもぐと食べ、数皿目のおかわりを注文する。
Aはその間にもビールを飲むが、俺は何となく手持ち無沙汰。
そこで俺はところでさあと前置きして、Bからもたらされた写真の話の顛末を話すことにした。
Aはふんふんと頷きなら餃子のおかわりを平らげ、最後にジョッキを開けて息を吐いた。

「大分わかるようになってきたな」

「お陰様でな」

Aのコメントはそれだけだった。
それは即ち、俺の今回の働きと推測は概ね間違ってはいないということを意味していた。
オカルタ(Aの好んで使う単語。隠されたものの意であるらしい)への並々ならぬ見識を誇る彼女に認められたと思うと嬉しくはあるが、しかし何だか癪でもある。
敵わないとは知ってはいるが、しかし彼女は俺の年下でもある訳で、何とも微妙な気分である。

「しっかし、巡り合わせかねえ?」

Aは演技ったらしくふむと小さく唸り、相変わらずどこに焦点を置いているか分からない眼で俺を見た。
黒い口紅を塗った口許はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべており、俺は憮然とすると同時に上等だいう気分になる。

「何がよ」

「いや、私もちょっと心霊写真を実家から持って来ててな。しかも、Bがお前に見せたのと同じ系統の。ああ、同じ系統っても桁は違う。怖いぞ?見るか?見たいよなあ?」

くふふ、などと笑い声を挙げながら、Bは黒いバッグの中に手を突っ込んでアルバムを取り出す。
俺はお前が見せたいんだろ?と言いたくなったがグッと堪え、Aの写真を待つことにした。
やがて彼女はこれだこれだと言って、しきりにニヤケた笑みを見せながら、俺に1枚の写真を手渡した。

「・・・ぁ?」

何だ、これは。
修学旅行か何かの集合写真だ。
学生服を着た少年が楽しそうに笑ってこちらを見ている。
無邪気な笑みは本当に楽しげだ。
集合写真なのだ、もしかしたら直前まで友達と何かの冗談でも飛ばしていたのかもしれない。
しかし、少年は一人だけだ。
集合写真特有のアングルとでも言うのだろうか。
全員が横何列かに並んで、前を向くという状態。
俺にはこの写真の元々の状態が容易に想像できた。
なぜなら、彼だけが切り取られたみたいに一人ぽつんと、本当にぽつんと立っていたから。

「なんだ、これ・・・」

「凄いだろ?」

凄まじい。
映っているものよりも消えているものの方が多い心霊写真なんて、今まで見た事がなかった。
俺は写真を矯めつ眇めつする。
一体彼らには何が起こったのだろうと考える。
集合写真に映っていない全ての人はその事故で死に、そして彼だけが事故から生き延びる。
もしくは、どこかは分からないがこの写真を撮った場所はいわゆる良くない場所で、写真に唯一映った彼だけが難を逃れたか。
そんな安易な想像を口にすると

「違うんだなぁ」

案の定ニヤニヤ笑いで否定された。

「どちら側かが重要なんだ」

Aはそう言って両手の人差し指を交わし、×の字を作る。

「どちら側か。つまりは霊の側か人の側か。体が消えた写真という心霊写真としての1つの項目の中にも、2つの小項目がある訳だ。それが、霊か人か」

腹と腹を擦り合わせていたAの人差し指はぐにゃりと曲がり、フックのような形となって絡み合う。

「霊が映って見えなくなるのか、それとも人が消えて見えなくなるのか。どちらの視点になるかで変わる。お前、映ってない方に何かが起きたと考えたろ?・・・違うんだなあ。何かが起きたのは映っているやつの方だ」

Aは俺の手からひらりと写真を奪い取った。

「これは霊がどうこうしたものじゃない。これは一人だけ写真に映った彼が示したヴィジョンだ。自分以外が存在しない。解釈は2通り。自分以外が自分の前から消えるか、それとも」

Aは黙って俺を見た。
相変わらず焦点の合わない、ぼうっとしたような瞳。

「・・・どちらにしろ、意味するものは同じだ。一人になる。友達に会えなくなる」

それはつまり、写真に映った彼の死を意味している。
Aは写真に視線を落とし、ややあってぽつりと言った。

「霊感が強かったんだろうな」

私達みたいにさ。
俺は何も言えず、黙り込んだ。
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