祖父の山

621 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:39:59 ID:gSmuDZIFO]
僕の友人に、古美術店を営む人がいる。店が坂の途中にあるから通称『坂さん』。
怪しげな道具で店を埋め尽くし、商売する気があるのかどうか甚だ疑問だが、本人は呑気に暮らしている。
瓢々としていてどこまでが本気なのか分からない、そのくせ基本的に無表情で無愛想、人をおちょくるときだけは心から楽しそうに笑う。
こうして書いてみると、本当に坂さんはどうしようもない人だ。一度万力かなにかで矯正した方が本人の為になるかもしれない。
信頼とは対極に位置する性格である坂さんを、しかし僕は信頼している。たとえその言葉や行動が軽薄なものであるとしても。



祖父が死んだのは、僕が中学一年の時だった。当時の僕は病気がちな上によく怪我をする子供で、病院が第二の家のようなものだった。
葬式の為に丹波の山奥にある祖父の家に行くのだって、渋る医者をなんとか説得し、ようやく許可を貰えたくらいだ。


祖父の家は、後に山を背負って建っていた。山の持ち主は祖父だったのだが、危険だからと僕だけは山には入れてもらえなかった。
「なんで僕だけ入ったらあかんの?」と聞く度に、祖父は心底済まなそうに「ごめんな」と呟いていた。


622 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:42:22 ID:gSmuDZIFO]
家に着くなり、僕は祖母に離れに呼ばれた。
「じいさんを送らなならん」
祖母は静かに言った。
「うん」
「今から山登って、そこにおる人と一緒にじいさん送ってこい」
それだけ言うと、祖母は僕を追い出した。
意味が分からなかったが、初めて山の中に入れるのが嬉しくて、僕は山道を駆け登った。
何人もが通ったのだろう、細かったが道はあったので、迷うことはなかった。


運動不足の病弱児の息が切れた頃、道は突然終わった。道の終わりには小さな祠が建っていた。
手入れをされた跡のない、今にも朽ち果てそうな祠。僕は不思議な気分でそれを眺めていた。
何故か、ずっと前からその祠を知っている気がしたのだ。初めて山に入ったのに。それにしても、なんてボロボロなんだろう。
「触ったらあかんよ」
不意に声をかけられ、僕は自分が無意識の内に祠に触れようとしていたことに気付いた。
声がした方を向くと、知らない男が立ったいた。無表情な白い顔が僕を見つめていた。


623 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:45:54 ID:gSmuDZIFO]
「勇馬くん、初めまして」
男は僕の名前を知っていた。驚く僕に男は笑い、手招きした。
「こっちおいで。一緒におじいちゃんを送ったろ」
そこでようやく、男が祖母の言っていた人物だと分かった。
男の足下には数枚の紙が落ちていた。僕はそれを踏まないように注意して、男の隣に立った。
その場所からは、祖父の家がよく見えた。離れて見る家は、まるで知らない生き物のように感じられた。
あの中には、祖父が横たえられているのだ。蛇に捕えられた蛙のように。
僕は急に怖くなり、思わず後退った。しかし男に肩を掴まれ、その場に留まった。
男は屈んで僕の顔を覗き込み、真剣な口調で言った。
「逃げたらあかん。逃げたら、君はずっと因果に囚われる」
「……因果?」
「そう。例えば僕が紙に火を付ける」
男は足下の紙を一枚取り上げると、懐からマッチを出して火を付けた。
「これが因。そして紙が燃える。これが果」
眼前に差し出されたチリチリと燃える紙を、僕は両手で受け取った。
「因より果が生まれる。そしてその果もまた次の果の為の因になる」


624 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:47:58 ID:gSmuDZIFO]
男は僕の頭に手を置き、何事かを呟き始めた。
小さな声で、日本語かも分からない言葉を呟く――いや、むしろそれは唱えるといった方がいいのかもしれない。
奇妙な静寂と緊張が周囲に満ちていた。鳥の声さえ聞こえなくなり、全身から力が抜けていく。
けれどそれは、決して不快なものではなかった。
いつしか紙は燃え尽きていた。



家から棺が出てきた。これから火葬場に行くのだ。
「一番最初の因は、君のおじいちゃんやね」
山を降りながら、男は淡々と語った。
「ある約束を、ある連中とした。それ自体はようあることや。
そやけど君のおじいちゃんは、君を勝手に因果に組み込んでもうた。だから、僕が頼まれた」
「どういうことですか?」
「因果を断ち切ることはできん。ただ、変えることはできる」


625 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:49:19 ID:gSmuDZIFO]
葬儀の列の最後尾に加わり、棺の後を追った。
「山ん中でやったことを言うてはるんですか?」
「いや、あれも一つの因や。そして今の君がその果。」
列はゆっくりと火葬場へ向かう。
「そして君は新たな因となり、新たな果を生む。それを繰り返して、少しずつ形を変えていくんや」
「なんかよう分からへんけど、要するに僕の運命を変えにきたいうことですか?」
僕の言葉に男は声を上げて笑った。何人かがこちらを振り向き、眉をひそめた。
僕は小さく頭を下げ、男を睨んだ。男は特に気にしていない。
「坂って、呼ばれてんねやわ」
「はい?」
「僕のことや。古美術商をやってんねんけど、店が坂の途中にあるからいつの間にかそう呼ばれるようになってもうてな。
後で場所教えたるから、今度遊びにきい。君とは長い付き合いになるやろから」


626 名前:本当にあった怖い名無し sage [2008/01/06(日) 01:51:02 ID:gSmuDZIFO]
そして今に至る。
あの日以来、僕は特に病気も怪我もしなくなった。代わりに、奇妙な能力(と呼んでいいのかは分からないが)ついた。
第六感に近いそれは、坂さん曰く「悪意を感じとる」能力だそうだ。これも因であり果。
一度だけ、山の祠を見に行った。祠は見るも無惨に壊れていた。扉が砕け、野犬の牙の痕がいくつもついていた。
そして、山の更に奥に向かって伸びる大きな足跡が一つ、残されていた。
今にして思えば、あの祠に奉られていたモノが最初の因であり、祖父が僕を山に入れなかった理由なのだろう。
信頼とは対極に位置する性格の坂さんを、しかし僕は信頼している。
僕に「逃げたらあかん」といった時の目は、本気だった。本気で坂さんは僕の因果を変えようとしている。
おまけに坂さんからは、微塵の悪意も感じられないのだ。
そんな相手を信頼出来ないほど、僕は捻ていない。


坂さんの店に遊びに行く度に酷い目に合っている気もするが、それも因であり果なのだと自分を慰める日々である。
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