呪いの人形@

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「こんちわー」

引き戸をガラガラと開けて中に入る。
夏まっさかりのこの日、外はかなりの暑さだが、店内はひんやりとしている。
それは薄暗く怪しげなこのお店が醸し出す雰囲気からなのか、ただ単に適度に冷房が効いているだけなのか…
まぁ、後者だろう。

牧村「おや、何か用かい?」

商売っ気のまったく無い店主が奥から顔を出してくる。
単純にお客だと思わないところが、色々と終わっている。

俺「いやぁ、ちょっと近くまで来たからさ」
牧村「…冷たいものでも飲んでいくかい」
俺「ぜひぜひ」

何を隠そう本当に用事が無く、ただ涼みに来ただけの俺は、遠慮もせずズカズカと奥に入っていく。
細かいことは気にしないところが、この俺――北上明雄の良い所なのだと、自分で言っておこう。

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奥に上がり、まずは仏壇で線香をあげる。

以前まではここでこういったことはしていなかったが、今はちょっと事情が違う。
なぜなら…今ここには、あの白谷さんも居るからだ。
特別親しかった訳でもなく、色々な事があったけど、彼女は忘れられない友人の1人だ。

俺「しっかし、あっついねぇ」
仏前から離れ、出してくれた麦茶をグビグビ飲みながら夏定番の話をする。
今年の夏は例年に比べて暑く、異常気象だなんて言われている。
確か去年も一昨年も、その前も異常だと言っていた気もするが…

俺「異常気象って、いつまで異常って言うのだろうねぇ」
牧村「人間が慣れるまでじゃないかね」

それが"例年"と言われる程続くまで…と普通に考えていたが、この婆さんらしい答えが返ってきた。

俺「…なるほどねぇ」
相変わらず変な婆さんだなと思いながら、俺は何気なく部屋を見渡す。

――この部屋は、どこにでもある普通の座敷部屋だ。
俺はいつもここに通して貰うので、部屋にあるものは大抵覚えている。

…だから、いつもは置いていないものがそこにあると、どうしても気になってしまう。

例えば、部屋の隅にある、何かを覆い隠すような白い布などは…。

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俺「…あれ、何?」
その布は明らかに怪しく、下にあるものを完全に覆っている。
隠されているものが"マズイもの"ならスルーするが、取りあえず聞いてみる。

牧村「あぁ、あれね…。別に見ても良いよ」
ちょっと微妙な顔をしたが、見られてもそれほど困るものではなさそうだ。

俺「どれどれ…」
俺はまた無遠慮に、部屋の隅まで行ってその布をサッとめくる。
と…

俺「うわっ…!」

布の下から、1体の日本人形が現れる。

俺「これは…」
典型的な、おかっぱ頭の市松人形。
童人形って言うのかな?
白い顔に長い黒髪、赤い着物。
よく"呪いの人形"として取り上げられるタイプのものだ。

しかしその人形は、髪がボサボサに伸びているとか、爪が異様に長いとか、そういったことはない。

…ただ、口の周りが血のようなもので赤黒く汚れていた。

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俺「この汚れは…いや、きっと違うと信じて聞くのだけど…」
牧村「人の血だよ」
俺「まさか、人の…えー!?」
婆さんのカウンター。

俺「ということは、これは…呪いの人形?初めて見るなぁ」
世に"呪いの人形"の話はよく聞くが、実物を見るのは初めてだ。
なかなか可愛らしい顔をしているのに、何と恐ろしい…。

牧村「呪いの人形ねぇ…」
俺「でしょ?人の血を吸うなんて、結構なモノかと…」

今まで聞いたことがあるのは、自然と髪が伸びるとか、捨てても帰ってくるとか、そういった話ばかりだ。
直接人間に危害を加えるような話は、完全フィクションのどこかの映画の中でしか見たことが無い。

牧村「吸ってないよ」

俺「…へ?」
牧村「血は吸ってないよ」
俺「でも…。あ、じゃあ噛み付いただけ?」
牧村「噛み付いたって話も聞いてないね」
俺「あら…」
じゃあ、どうやって血が付いたんだ?

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牧村「それは、今朝方に舞が持ってきたものでね」

雨月のお姉さんか。
頭にパッと顔が浮かぶ。

俺「持ってきた、って…除霊するためじゃないの?」
牧村「まぁ、そうなのだけど…この子は何も悪さはしていなくてね」

俺「へぇ…。じゃあ、この血は?」
自然と付いたものか?
ちょっとした偶然で口元に…?
まぁ、ありえないことも無いか。
…いや、でもあのお姉さんがここに持ってきたってことは、やっぱり何か――

牧村「それは、飲まされたのさ」

俺「…は?」
飲まされた?

牧村「どこかの頭のおかしい輩が、無理矢理に血を飲ませたのさ」
俺「なっ…」

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驚き、改めて人形を見る。
赤黒く汚れた口元。これが飲まされた痕?しかし、これは――

俺「これ…頭はカチカチに固いけど、それがこんな風になるものなのか?」

口の周りは表面が汚れているだけだが、唇の間の部分には血が染み込んでいる。
頭の材料は乾燥させた粘土だろう。ここに染み込ませるには――

牧村「長い時間掛けてやれば、そうなるだろうね」
俺「うへ…」
頭の中に、長時間掛けて血を含ませようとしている人の姿が浮かび、嫌な気分になる。

俺「何のために…」
牧村「舞が言うには、呪いの人形を作りたかったみたいだね」

…それはまた、何のためだ?
何のためにそこまで?

…いや、関係ないか。
その人間が何を企んでいようが、どんな憎しみを持っていようが、関係ない。

俺「これ…この子は、処分するのか?」
牧村「処分?…あぁ。どうにもならなかったら、焼いて供養するさ」

…その答えを聞いて何とも言えない気持ちになった俺は、ある行動にでた。

毎度のことだが、後先考えずに…。

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――
俺「さぁ、着いたぞー」

玄関を開け、彼女と一緒に部屋に入る。
自分の部屋に女の子を入れるのは、初めてのことだ。

俺「ちょっと…というか、結構散らかっているけど気にしないように」

そう言って俺は、俺からテーブルの角を挟んだ位置に座椅子を置き、そこに彼女を座らせる。
…が、背が低くてテーブルの上に頭が出ないので、雑誌を重ねてその上に座らせる。

俺「ちゃんと腰を曲げて座ることができるんだなぁ。えらいえらい」
彼女の頭を撫でながら、褒めてあげる…。

…一応言っておくが、俺は変態ではない。
神尾さんに想いが届かない余り、人形に走った訳ではない。

ただどうしてもこの子を放っておけず、牧村の婆さんにダメもとで「可愛がりたいから、一晩貸してくれ」とお願いしたところ、意外や意外、了承してくれたのだ。

いつぞやのトーテムポールの二の舞になるのでは、という不安はあったが、どうやら今のところは何も悪いところはないらしい。

今のところは、まだ…。

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俺「さてと…、まずはそれかな」
連れてきた人形を目の前にして、まずやること。

それは、口元の汚れを落とすことだ。

俺は布切れを取り出し、水で濡らしてから口元を拭いてやる。
確か、血の汚れにお湯はダメなのだ。俺的豆知識。…理由は知らないけどな。

しかししばらく拭いてみるが、これがなかなか落ちない。
なんともガンコな汚れだ。
ハブラシか何かでガシガシ擦ってやろうかとも思ったが…人形が痛がりそうだ。

他に何か良い方法はと思い、ネットで調べてみると…どうやらアルカリ性の石鹸などが良いらしいので、スーパーにダッシュして買ってくる。
そうして再び拭きまくること小一時間。
顔の塗装…もとい、顔のお化粧まで落ちないかと心配だったが、何とか表面の汚れだけを落とすことができた。
だが流石に、口に染み込んだ汚れまでは落ちてくれない。

俺「そこはコレで、な…」
俺は顔を拭き終った人形の前に、オレンジジュースを置く。
日本人形なら日本茶かなとも考えたが、子供にはやっぱりこれだろう。
いつぞやの女の子もオレンジジュースを嬉しそうに飲んでいたよと、神尾さんに聞いた覚えがある。

俺「で、俺はコレだ」
そう言って俺は、テーブルの上にドンと焼酎のビンを置く。
今夜はこいつと晩酌だ。

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人形の可愛がり方としては大きく間違っている気もするが、俺には他に良い方法が思いつかなかった。

本当はおままごとでもすれば良いのかも知れないが、男1人でそれは…きっと気持ち悪い絵になるだろう。
ここにお母さん役の女性(例えば…言わずもがな)でも居てくれれば良いが、そうもいかない。
事情を話せば来てくれるかも知れないが、人形をダシにするようで、何だか気が引けてしまう。

と言うことで、まずは乾杯して、一杯。

俺は酔うのは早い。
そしてそこからが長く、潰れることは滅多に無い。
しかも今日は1人じゃないから、いつもより楽しく――

…と思ったところで、ふとあることに気付く。

俺「そういえば、名前を知らなかったな」

何たる失態。
名前も知らないで、何をしようというのやら。

俺「俺は明雄。お嬢さんは何ていうのかな…?」

そう言いながら、俺は人形を持ち上げてあちこち見てみる。
どこかに名前でも書いてないかなと思ったからだ。

…すると、着物の裾の部分に「綾」という字を見つける。

呪いの人形Aへ続く
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